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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3933号 判決 1976年5月24日

原告

西村安左

被告

北辰交通株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し、金一六四万六、三九四円およびこれに対する昭和五〇年四月一七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決第一項は、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告らは各自原告に対し金二四四万八、九六一円およびこれに対する昭和五〇年四月一七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  第一項につき仮執行宣言。

二  被告ら

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

(一)  日時 昭和四七年四月二三日午後九時一五分頃

(二)  場所 東京都渋谷区恵比寿西一―一―一先交差点

(三)  加害車 営業用普通乗用自動車(練馬五五あ四四四一号)

右運転者 被告 松本

(四)  被害者 原告

(五)  態様 原告が前記交差点内の横断歩道上を横断していたとき、左方から進行してきた加害車に衝突された。

二  責任原因

(一)  被告北辰交通株式会社(以下、単に被告会社という。)は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条に基き本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

(二)  被告松本は、自己の対面信号が赤色であつたのにあえて進行し、かつ前方注視を怠つた過失によつて本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基き本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  原告は本件事故により頭蓋底骨折、右耳出血、右側頭部打撲、右側頭骨骨折、右手背部打撲挫創等の傷害を受け、この治療のため昭和四七年四月二三日から同年七月二二日まで、同年八月二九日から同年九月一二日まで、昭和四八年五月二八日から同年六月五日まで、および昭和四九年一月二九日から同年二月九日までの前後四回にわたり合計一二七日間入院したほか、昭和四七年七月二三日から昭和四九年四月一六日までの間に一八回通院して治療を受けたが、治療打切後もなお頭重感、肩部、上腕部にかけて筋肉痛が残り将来にわたつて根治が望めないので、右後遺症は少くとも自賠法施行令別表障害等級一四級に該当する。

(二)  右受傷による損害の数額は次のとおりである。

1 治療費 一一五万二、一〇五円

2 付添看護費 二五万三、六五五円

原告は事故当日から七五日間付添看護を要し、とりわけ当初の一ケ月間は二四時間の付添を要した。しかるに、病院には患者以外の者が宿泊することができなかつたので、昼間は原告の母等近親者が付添つたが、夜間は専門付添婦を依頼せざるを得なかつたので、原告は専門付添婦に支払つた一〇万三、六五五円のほかに近親者付添分として一日当り二、〇〇〇円の七五日分一五万円の付添看護費相当の損害を蒙つた。

3 入通院交通費 四万五、〇〇〇円

4 入通院雑費 四万二、一〇〇円

5 文書費 一万円

6 通信連絡費 五、〇〇〇円

7 休業損額 八〇万七、一六九円

原告は事故当時有限会社桐文社にタイピストとして勤務していたほか、横山興業株式会社の和文タイプの下請をして一日平均二、七八三円の収入を得ていたが、前記受傷による入院治療等のため、昭和四七年四月二三日から同年一一月三〇日まで、昭和四八年五月二八日から同年六月五日まで、および昭和四九年一月二九日から同年二月九日までの合計二四三日間休業を余儀なくされたので、右休業日数に前記平均日収額を乗じた六七万六、二六九円の得べかりし収入を失つたほか、右休業のため昭和四七年夏季および冬季賞与において合計一三万〇、九〇〇円を減額されて同額の損害を蒙つた。

8 逸失利益 一三万八、七〇七円

原告の前記後遺症による労働能力喪失率は五パーセント、継続期間は三年とみるのが相当であるから、前記収入を基礎にホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を計算すると一三万八、七〇〇円となる。

9 慰藉料 一四〇万円

10 弁護士費用 四〇万八、一一五円

四  損害の填補

被告らは原告の前記損害額のうち治療費等として原告に対し合計一八一万三、一六〇円を支払つた。

五  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し二四四万八、六九一円およびこれに対する内容証明郵便による支払催告の日の翌日である昭和五〇年四月一七日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告らの認否および抗弁

一  認否

(一)  請求原因第一項の事実は認める。

(二)  同第二項(一)の事実は認めるが、(二)の事実は否認する。

(三)  同第三、四項の事実はいずれも不知。

二  抗弁

被告松本は、事故車を運転して本件交差点手前に差しかかつた際進路前方の信号が青色に変つたので、時速約三五キロメートルの速度で交差点に進入し、交差点中央まで進行したとき恵比寿駅方面から北側に向つて走つて横断している原告を道路中央附近に認め、急停車の措置をとつたが間に合わずに原告と衝突するに至つたものであり、本件事故発生について、かりに被告松本に過失があるとしても、原告にも赤信号を無視して横断歩道を走つて横断した過失があるから、損害賠償額の算定に当つては原告の右過失を斟酌すべきである。

第四抗弁に対する原告の認否

否認する。

第五証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  請求原因第二項(一)の事実は当事者間に争いがないので、被告会社は自賠法三条に基づき本件事故によつて原告が受けた後記損害を賠償する責任がある。

(二)  本件事故現場の写真であることについて当事者間に争いのない甲第一号証の一ないし三、成立に争いのない甲第二号証、乙第一号証の一ないし四、同第二号証の一ないし七、同第三号証の一、二ならびに原告および被告松本の各本人尋問の結果を総合すると、

1  本件事故現場は国電恵比寿駅の西方を東西に走る道路と右道路から北に分岐する道路とが交差する信号機のある丁字型交差点(以下この交差点を本件交差点という。)の東側の横断歩道上であり、本件交差点の西側には右東西道路とこれから南方恵比寿駅前方向に分岐する道路が交差する丁字型交差点が連らなつており、右東西道路は事故現場附近では両側に歩道があつて車道幅員は一四・二メートルとなつているが、本件交差点から西方は事故現場附近よりもかなり車道の幅員が広くなつており、附近の状況は概略別紙見取図のとおりであること、また、本件交差点の信号のサイクルは東西道路に対しては青三四秒、黄四秒、赤三一秒、交差道路に対しては青二二秒、黄四秒、赤四三秒で全赤の時間が二・五秒あり、事故当時の天候は降雨中であつたこと。

2  被告松本は、恵比寿駅前で乗客を乗せ前記東西道路を東進するため別紙見取図のロータリー西側を北進してきて同所で右折し、徐行しながら別紙見取図A点附近まで進行したとき、それまで赤色を表示していた対面信号が青色に変つたので加速して本件交差点内に進入し、時速約三五キロメートルの速度で交差点中央附近まで進行したとき、進路前方の横断歩道上の道路中央附近を南から北に向つて急ぎ足で横断している原告を発見し、危険を感じて急停止の措置をとつたが間に合わず、横断歩道上の別紙見取図×点附近で事故車左前部を原告に衝突させたこと。

3  原告は、国電恵比寿駅で下車し最初本件交差点の西側の横断歩道を横断しようとしたが、右横断歩道に対する信号が赤色を表示していたので横断を中止し、道路ぞいに東に向つて歩いて本件交差点の東側横断歩道まできたとき、横断歩道に対する信号が青色になつていたので(青色になつた時点は確認していない。)横断を開始し、あと一ないし二メートルで横断を終えようとしたとき前記のように進行してきた加害車に衝突されたこと。

4  事故後、前記東側横断歩道上には別紙見取図記載のとおり右側車輪のスリツプ痕が北側歩道縁石から約一・四メートル離れ同縁石と平行した状態で、左側七・五メートル、右側七・六メートルの事故車のスリツプ痕が残つており、また、被告松本が青信号に変るのを確認した前記A点から衝突地点までは約四三メートルあること、

以上の事実が認められる。

なお、原・被告双方いずれも相手方が赤信号を無視したものであると主張し、前掲各本人尋問においてもそれぞれ右主張にそう供述をしているが、前示のとおり被告松本が青信号を確認した地点から衝突地点までは約四三メートルあつてこれを時速三五キロメートルで進行すると約四・三秒要し、他方、原告が横断しようとした道路の幅員は一四・二メートルであり、大人の通常の歩行速度と考えられる時速五キロメートルで横断すると約一〇秒要するので、本件交差点の信号には二・五秒の全赤信号があり、かつ、原告が早足で横断したという点を考慮しても、双方青信号で進行した場合でも前示地点での衝突は可能であるから、前示のとおり認定して差支えなく、その他前掲各証拠中前示認定に反する部分は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

以上認定の事実によると、本件事故発生については、原告にも自己が横断する道路の幅員が広く、かつ、青信号になつた時点を確認していないのであるから、横断し終るまでに信号が変り自動車が進行してくることも予想されたのに、左方の安全を確認することなく横断した過失があつたと認められるが、被告松本にも、自車の進行する道路は幅員が広く歩行者が青信号の終り頃に横断を開始した場合は自車が進行するまでに横断を終えることができないことも予想され、しかも、対面信号が青信号になるのと同時にそれまでの徐行状態から停止することなく加速し、停止状態から発進する場合よりも早い時点で横断歩道を通過しようとしたのであるから、前方を十分注意し横断歩道上の歩行者の有無を確認したうえ進行すべき注意義務があつたのにこれを怠つて漫然と進行したため横断中の原告の発見が遅れた過失が認められる。

したがつて、被告松本は民法七〇九条に基づき本件事故によつて原告が受けた後記損害を賠償する責任がある。

三  損害

成立に争いのない甲第二〇号証、原本の存在とその成立について争いのない甲第三号証の一ないし三、同第四号証の一ないし四、同第五、六号証および原告本人尋問の結果を総合すると、原告は本件事故により頭蓋底骨折、右耳出血、右側頭部打撲、右側頭骨骨折、右手背部打撲挫創の傷害を受け、昭和四七年四月二三日から同年七月二二日まで、同年八月二九日から同年九月一二日まで、昭和四八年五月二八日から同年六月五日まで、および昭和四九年一月二九日から同年二月九日まで前後四回にわたり合計一二七日間奈良外科医院に入院したほか、昭和四七年七年二三日から昭和四九年四月一六日までの間に一八回右医院に通院し、さらに、右第一回の入院中に東京医科大学病院に二回通院して治療を受けたこと、右第一回入院の当初三〇日間は症状が重篤であつたため二四時間常時付添看護を要する状況にあり、その後の三〇日間もいまだ身のまわりの必要を自ら弁ずることができず付添看護を要する状態にあつたこと、および右加療によるもなお頭重感、右上肢に肩から上腕部にかけての筋肉痛が残り、右症状は昭和四九年四月一六日現在で固定状態にあつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで、以上の事実を前提に以下損害の数額について判断する。

(一)  治療費 一一四万四、四五五円

前顕甲第四号証の一ないし四、同第六号証によれば、原告の前示治療のために一一四万四、四五五円の治療費を要したことが認められる。

(二)  付添看護費 二二万三、六五五円

前顕甲第四号証の一、二、成立に争いのない甲第一八号証および原告本人尋問の結果を総合すると、原告は前示のとおり付添看護を要する状態にあつたので、前示第一回入院の当初三〇日間は昼間は原告の母または妹が付添つたうえ、夜間は病院での宿泊が許されなかつたため職業付添婦を依頼し、その後の三〇日間は原告の母または妹が通いで付添つたこと、および右職業付添婦依頼の費用として手数料を含め一〇万三、六五五円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、原告は右一〇万三、六五五円のほかに一日当り二、〇〇〇円合計一二万円の付添費相当の損害を蒙つたものと認められる。

(三)  入通院交通費 一万六、九八〇円

前示原告の受傷内容および治療経過に前顕甲第五号証ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、原告は前示四回の入院(ただし、第一回については退院時のみ)、入院中の東京医大への二回の通院および第一回入院と第二回入院の間の四回の通院の際にはタクシーの利用を必要とし、一往復平均して一、二〇〇円、合計一万一、四〇〇円のタクシー代を要し、その他の一四回の通院および近親者の付添のためには電車およびバスを利用した場合でも一往復六〇円を要し、少くとも合計五、八二〇円(事故当日の近親者付添についてはタクシー利用が必要であつたと認められるので、この分は前記タクシー代により計算した。)を下らない交通費を要したものと認められる。

(四)  入院雑費 五万〇、八〇〇円

前認定の原告の受傷内容および治療経過からすると、日用品、食料品等の購入費、電話代等の通信連絡費その他の雑費として入院期中一日につき少くとも四〇〇円、合計五万〇、八〇〇円を下らない雑費を要したものと推認される。

(五)  文書費 五、三〇〇円

前顕甲第四号証の四および成立に争いのない甲第一一号証の一、二、同第一二号証によると、原告は診断書、診療報酬明細書、事故証明書等の文書料として五、三〇〇円を支出したことが認められる。

(六)  休業損害 八〇万四、一四四円

前認定の原告の受傷内容および治療経過、前顕甲第一八号証、原告本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第七号証の一、二、同第一〇号証ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、原告は本件事故当時有限会社桐文社に邦文タイピストとして勤務していたほか、横山興業株式会社の和文タイプの下請をして一日平均二、七八二円の収入を得ていたが、前記受傷のため昭和四七年四月二四日から同年一一月三〇日まで、昭和四八年五月二八日から同年六月五日まで、および昭和四九年一月二九日から同年二月九日までの合計二四二日間休業を余儀なくされ、右平均日収に休業日数を乗じた六七万三、二四四円相当の得べかりし収入を失つたほか、右休業のため右桐文社から支給された昭和四七年夏および冬の賞与において合わせて一三万〇、九〇〇円減額され、合計八〇万四、一四四円の損害を蒙つたものと認められる。

(七)  逸失利益 一三万八、二六〇円

原告本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第八号証の一、同第九号証の一および原告本人尋問の結果によれば、原告は前示傷害が一応治癒して前記桐文社に出勤するようになつた後も肩が痛くタイプを打つことができなかつたので、タイピストから一般事務職員に職種を変更しており、昭和五一年三月現在においても右症状が時に出ることがあることが認められ、右事実に前認定の後遺症の内容および程度を併せ考えると、原告は右後遺症により少くとも労働能力の五パーセントを喪失し右状態は前認定の症状固定日以降三年程度は継続するものと認めるのが相当である。そこで、前認定の収入を基礎にライプニツツ計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右逸失利益の現価を計算すると一三万八、二六〇円となる。

(八)  慰藉料 一五〇万円

前認定の原告の受傷内容、治療経過、後遺症の内容および程度、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛は一五〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

四  過失相殺および損害の填補

本件事故発生については、原告にも前認定のとおりの過失があるから、前項の損害額合計三八九万三、五九四円から一割五分を減じた三三〇万九、五五四円をもつて被告らに賠償を求め得べき額とするのが相当であるところ、原告は被告らから一八一万三、一六〇円の弁済を受けた旨自認しているので、これを控除すると残額は一四九万六、三九四円となる。

五  弁護士費用 一五万円

本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は一五万円と認めるのが相当である。

六  結論

そうすると、原告らの本訴請求は、被告らに対し一六四万六、三九四円およびこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五〇年四月一七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

別紙 見取図

<省略>

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